「化け物に近い?」そう呟いた穂香に、穴織は「そうそう」とうなずく。「といっても、急に俺が白川さんに襲いかかるとかはないで? でも、化け物退治の能力が強すぎると、心身への負担が大きくてな。長く生きられへん者が多いんや」穴織の胸ポケットから、しわがれた声がする。『涼の言う通り、今の我が一族は皆、短命でな。生き長えたとしても、年齢と共に感情が希薄になっていき、30歳を迎える頃には感情をなくして、化け物退治だけをする人形のようになってしまう』「どっちに転んでも、死んだも同然や」そう呟いた穴織の表情は暗い。「そんな……」それは、穂香の想像を遥かに超える深刻な状況だった。(まさか、穴織くんだけじゃなくて、一族全体の問題だったなんて……)穴織は言葉を続ける。「解決策を長年探してきたけど、まだ見つかってないねん。ここ数年の対策としては、化け物退治の能力を薄めるために、一般人との結婚を推奨されてるけど……。効果が出るのは、何十年も先や」話す武器は、『特に涼は、先代当主であるワシをも超えているのでは?と、言われるほどでな。一族の中でも、飛びぬけて能力が高い。このままでは、短命や人形化は避けて通れぬだろう』と淡々と告げる。「そういうことやねん。だから、せめて学生の間くらいは、笑って楽しく過ごそうと思ってるんや」すべてを諦めたように小さく笑う穴織に、穂香の胸は締めつけられた。(こんなの、私がどうにかできることじゃないよ。でも、あれ? ついさっき似たような話を聞いたような……?)穂香は、先生が【魔王の呪いが進行していくと、身体を乗っ取られて、自分が魔王になってしまう】と言っていたことを思い出した。(状況はぜんぜん違うけど、最終的に自分がなくなってしまうのは一緒だよね?)そして、先生は、神々の祝福で呪いを防いでいるとも言っていた。(もしかしたら、先生が持っている神々の祝福で、穴織くんも助かるかも?)穂香は、「あのね、穴織くん。ちょっとだけ気になることがあるんだけど」とためらいながら話す。「なんでも言って。白川さんには悪いけど、元から期待してないし」そう言った穴織の言葉には、優しさが含まれていた。穂香が解決できなくても、気にしなくていいと言ってくれている。「じゃあ放課後に時間をもらっていいかな? 会って欲しい人がいるの」「分かった」穴織がうなず
「先生のお役に立てたのなら良かったです。あの、それで先生、お願いがあるんですけど」「俺にできることなら、なんでも言ってくれ」穂香は、チラッと穴織を見た。「さっき穴織くんから聞いた話を、先生に言ってもいいかな?」穴織は無言でうなずく。「先生。実は、穴織くんは、長く生きられなくて……」「そうなのか⁉」と驚く先生に、穴織は「そうなんです」と真面目に答えている。そして、どうして短命なのかや、運よく生き長らえたとしても、徐々に感情が失われていくことなどを説明した。穴織の説明が終わると、穂香が口を開く。「それで、先生が言っていた神々の祝福で、それをどうにかできないかなーと思いまして」「事情は分かった。白川の予想通り、穴織の問題は、俺が解決できそうだ」先生の言葉に、今度は穴織が驚いた。「ほんまですか⁉」「ああ、神の試練を受けて認められれば、祝福がもらえるからな。俺から話して、穴織が試練を受けれるようにしてやるよ」首にかけていたお守りを外す先生を見て、穴織は慌てている。「ちょっと待ってください! 先生は勇者なんですよね⁉ 俺は、そんなすごい人じゃないんですけど⁉」「化け物退治も、魔王退治も同じようなもんだろ」「絶対に違う!」先生は、しばらく目をつぶったあと「神々と話がついたぞ」と穴織の肩に手を置く。「いやいやいや、どういうこと!?」不安になった穂香が、小さく右手を上げた。「あの、先生」「白川、どうした?」「もし、穴織くんが神の試練に失敗したらどうなるんでしょうか?」「祝福がもらえないだけで、どうにもならない。そもそも、本来、神の試練は受けるまでが大変なんだ」「ということは、とりあえずで試練を受けても大丈夫ってことですね」穂香が遠慮がちに穴織を見ると、穴織はため息をついた。「分かった。白川さんがここまでお膳立てしてくれたんや。俺も覚悟を決めるわ! 先生、よろしくお願いします」先生は「じゃあ、放課後に俺のとこにこい」と言いながら穴織の肩をポンポン叩く。そして、ハッと思い出したような仕草をした。「そういえば、穴織。校門のバラの件は、どうなったんだ?」普通の人には見えないバラが、昨日から校門に咲いている。先生に「あれはおまえの管轄だろう?」と言われた穴織は、「たぶん、そうだと思うんですけど……」と、どうもはっきりしない。「あの
【同日 放課後/教室】(生徒指導室から、放課後の教室に飛ばされてる)放課後の教室には、たくさんの生徒が残っていた。(そういえば、いろいろありすぎて忘れていたけど、今日から文化祭の準備期間だったっけ)これまでに穴織が下準備を進めていてくれたおかげで、お化け屋敷の準備はスムーズに進んでいる。(これなら、穴織くんがいなくてもなんとかなりそう)教室を見渡していた穂香は、姿が見えないモブ女子生徒に声をかけられた。「白川さん。穴織くんは?」「穴織くんは、松凪先生に呼び出されて、そっちに行ってるよ」今頃、神々の試練を受けているはずだ。「えー! お願いしたいことがあったのに!」「私でもいい? 文化祭実行委員だし、代わりにやるよ」「じゃあさー、これお願い」女子生徒が言うには、お化け屋敷の雰囲気を出すために段ボールに絵を描きたいが、絵が上手い人がいなくて困っているそうだ。(私も絵は、得意じゃないんだけど……)女子生徒の姿が見えないので、相手がどこかに行ってしまうと、それ以上会話ができない。(とりあえず、描いてみよう)段ボールを広げて、筆を走らせていると、レンが後ろからのぞきこんだ。「長方形が並んでいますね。アイスクリームの絵ですか?」「……お墓のつもりなんだけど」「えっ」驚くレンを、穂香は見上げる。「レンは、絵、うまい?」「うまいかは分かりませんが、これよりかはマシなものが描けると思いますよ」「だったら、代わりに描いて! お願い!」クスッと笑ったレンは、穂香から筆を受け取った。そして、指でメガネを押し上げる。「とりあえず、この時代のお墓を調べましょうか」「あっ、そっか。未来のお墓とは違うんだね」レンは、何度か瞬きすると、「これですね」とつぶやいた。(そういえば、レンのメガネはハイテクなパソコンみたいなやつだった)迷いなく筆を走らせ、レンはみるみるうちに絵を完成させていく。「レン、すごい!」いつのまにか人だかりができているようで、周囲でも「うまい!」とか「高橋すげぇ!」という声が聞こえてくる。完成すると、拍手が湧きおこった。戸惑った様子のレンは、穂香の耳元で「普通の学生生活は、こんな感じなのですね」とささやく。その言葉に、穂香はハッとなった。(そっか、レンは未来では罪人扱いされて、ずっと監視されていたって言っていたか
生徒会長は、ときおりうなずきながら、穂香の話を最後まで聞いてくれた。「なるほど。その小説では、主人公の女の子が、未来からきた科学者に恋をしたけど、時代が違うからずっとは一緒にいられないってストーリーなんだね?」「はい」「面白そうな小説だね。どんな題名なの? とりあえず、読んでみるよ」「えっ?」穂香と生徒会長の間に沈黙が流れた。「白川さん、どうしたの?」(ど、どうしよう……。こんなとき、レンがいてくれたら、うまく誤魔化してくれるのに!)あせる穂香の目の前に、透明なパネルが2枚現れた。(久しぶりに『選択肢』が出てきた! ということは、これは重要な選択!)パネルには、『嘘をつく』と『正直に話す』が書かれている。(嘘は……うまくつける自信がないから、もう正直に話すしかないよね)覚悟を決めた穂香が『正直に話す』のパネルにふれると、パネルは光り消えていく。「じ、実は、小説じゃなくて……。全部本当の話だって言ったら、信じてくれますか?」生徒会長は、綺麗な瞳を見開いた。「……なるほどね。じゃあ、実は僕は女性嫌いだって言ったら、白川さんは信じてくれる? 大勢に取り囲まれるのは苦痛だし、僕のことを何も知らないのに好意的な目を向けられると警戒してしまう。こんなこと、他では絶対に言えないけどね」穂香は、驚きながら後ずさり、生徒会長と距離をとる。「そうだったんですか⁉ すみません! じゃあ、私も嫌ですよね?」「ううん、白川さんは嫌じゃないよ。だって、初めて会ったときから、僕よりお弁当をキラキラした目で見ていたから」「あっ!」「しかも、僕に一度もときめいたことすらないでしょう?」「それは……。私、好きな人がいるので」生徒会長がホラーゲームの主人公位置だから、当初は『できる限り関わりたくない』と思ってしまっていたのは内緒だ。「うん、やっぱり白川さんはすごいね。僕の女性嫌い発言を疑いもしないんだから」「え? 嘘だったんですか⁉」「いや、本当だよ。でも、僕の演技は完璧だったでしょう?」「確かに。生徒会長がそんなことを思っていたなんて、まったく気がつきませんでした」「でしょう?」フワッと微笑んだ生徒会長は美しい。それでも、やはり穂香はときめかない。「生徒会長は、私の話を信じてくれるんですよね?」「うん、君が困っていたら助けるよ。恩返しもした
生徒会長は、「白川さんがそう言うと、本当に解決できそうな気がするから不思議だね」と微笑んだ。「僕のことは、さておき。話を君のことに戻そうよ」生徒会長は、机の上のものを端によけると、穂香にも椅子に座るように勧める。「さっそくだけど、穂香さんの話を整理しよう。もう一度、話してくれる?」「ありがとうございます!」生徒会長は、穂香の話を聞きながら、メモを取っていく。「話しをまとめると、大人になった白川さんは、とある男性と出会い、その人と結婚すると、人類が滅亡してしまう。それを阻止するために、未来から君の遠い子孫である幼なじみ設定の高橋くんがやってきた。目的は、白川さんの結婚相手を変えること。その恋愛相手候補3人のうちに僕も含まれているけど、白川さんは高橋くんのことが好きになったから、人類滅亡を防ぎつつ、高橋くんも幸せにしたいってことだね?」「はい」生徒会長は、何かを考えこんでいるようだ。「高橋くんは、すごい人だね」「え?」「だって、白川さんの結婚相手を変えたら、子孫の自分が消えてしまうリスクもあると思うんだけど」穂香は息をのんだ。「私の運命を変えたら……子孫であるレンは消えてしまうかもしれない?」生徒会長は、コクリとうなずく。「もしくは、まったくの別人になってしまうとか? これだけ大きく先祖の運命を変えたら、子孫も同じままではいられないんじゃないかな?」レンの今までの言葉が、穂香の頭に浮かんできた。――私はどうしても、あなたに愛をささやいて、生涯側にいることを誓えないのです。――あなたが愛おしくて仕方ありません。でも、告白だけは絶対にできないのです。「ああ、そっか……。レンが私に告白できない理由は、告白したら自分が消えちゃうからだ……」そのことに気がついてしまえば、抜け落ちていたパズルのピースがハマったかのように、いろんなことに気づいていく。「そういえば、レンはずっと監視されているって言ってたんです。その監視の目的は、人類の滅亡が阻止できたら、レンが消えるから……途中で逃げださないための監視……?」穂香は、ハッとなった。「あれ? ちょっと待って。じゃあ、レンは自分が消えてしまうかもしれないのに、ずっと私のサポート役をさせられていたってこと!?」穂香がレンでなくとも、誰かと恋愛するということは、人類滅亡の阻止であると同時に、レ
生徒会長は、「そうだね」とため息をついた。「未来人達の目的は、あくまで人類滅亡の阻止だから、僕達の幸せはそこに含まれていないみたいだね」「そんな……。私、そんなの、嫌です」呆然とする穂香に、生徒会長は微笑みかける。「僕も未来人のやり方は気に入らないな。特に、白川さんの子孫を罪人扱いして、責任を取らせようとしているところなんて、聞いてるだけで気分が悪いよ。どうにかしたいね」生徒会長は、「そういえば……」とつぶやく。「僕の問題を解決できそうな白川さんの知り合いって、もしかして、他の恋愛候補なのかな?」「あっ、そうです。恋愛候補の残り2人は、穴織くんと松凪先生なんです」「穴織くんって、前に僕と白川さんが生徒会室に閉じ込められたときに、扉を開けてくれた生徒だよね? それに、松凪先生も?」穂香は、コクリとうなずく。「穴織くんは、化け物退治の専門家で、先生は、異世界で魔王を倒した元勇者だそうです」黄色の瞳が、驚きで大きく見開かれた。「よく分からないけど、すごそうだね。僕達、恋愛候補の3人は、お互いのためにも協力したほうがいいと思う。今から会わせてもらえるかな?」「それが……」穂香は、今は穴織が異世界で神々の試練を受けているから会えないことを説明した。「どういう状況なの?」と驚く生徒会長に、穂香は苦笑いする。「じゃあ、その試練が終わり次第合わせてもらうとして……。あとは、高橋くんは、未来から来た天才科学者で、白川さんは、パートナーになった相手を少しだけ幸せにできるって言ってたよね?」「正確には違うんですが、そんな感じです」「皆、すごいね。僕は自分で言うのもどうかと思うけど、自由に使えるお金が多い。ねぇ、僕達が協力したら、なんでもできそうじゃない?」生徒会長の顔は、どこまでも真剣だ。「それこそ、人類滅亡の阻止も、僕達、皆が幸せになれる未来作りも」穂香がうなずくと、風景が変わった。【同日 放課後/教室】(生徒会室から、教室に飛ばされてる)夕焼け色に染まる教室には、レンしかいない。穂香を見つけると、レンはため息をついた。「遅いですよ。もう、皆、帰りました。文化祭の準備は、また明日やるそうです」(あっ、そういえば私、文化祭準備の時間延長申請のために、生徒会室に行ったんだった)いろいろありすぎて、すっかり忘れてしまっていた。「ごめん
穂香とレンが一緒に教室を出ると風景が変わる。【10月14日(木) 朝/職員室前】(放課後の教室から飛ばされて、次の日になってる)穂香は、職員室の扉を開けると、松凪先生の姿を捜した。すぐに青い髪と赤い髪と黄色い髪が視界に入る。(あれ? 穴織くんと生徒会長も一緒だ)穂香に気がついた先生が、片手を上げた。「白川、ちょうどいいところに」「おはようございます」と頭を下げた穂香を、先生は職員室から連れ出した。そのあとを、穴織と生徒会長がつづく。【同日 朝/生徒指導室】生徒指導室に、赤・青・黄色の髪を持つ恋愛候補と、穂香がそろった。「さっそくだが、生徒会長から、だいたいの話は聞いた」と先生が腕を組む。「えっ?」と驚いた穂香に、生徒会長が事情を説明してくれた。「実は昨日、生徒会室のカギを返却しに職員室に行ったら、ちょうど先生と穴織くんに会って」穂香が「神々の試練って、そんなに早く終わるんですか⁉」と質問すると、先生が「いや、俺のときは1か月くらいかかったが、時空が捻じ曲がってるから、現実世界では数時間しか経っていないんだ」と教えてくれる。「それで、結果は?」穂香の問いに、穴織はグッと親指を立てた。「バッチリやで! 神々の祝福を受けたから、これで俺も長生きできるわ」明るい笑みを浮かべる穴織は、穂香の両手を握った。「白川さんのおかげや! ありがとう!」「ううん。先生のおかげだし、穴織くんが頑張ったからだよ」穴織は「めっちゃええ子や」と泣き真似をしながら感動している。穴織の胸ポケットからは、離す武器のおじいさんの声が聞こえてきた。『まだ一族全体の問題は解決しておらんが、涼だけでも助かる術(すべ)を得ることができて、希望の光が差し込んだ。娘よ、感謝する』生徒会長が「次は、僕が報告する番だね」と穂香の手を取った。「僕の問題は、白川さんの予想通り、先生と穴織くんのおかげで解決したよ」「えっ!? もう解決したんですか?」驚く穂香に、生徒会長は微笑みかけた。「うん。穴織くんに、調べてもらったら、僕の行く先々に化け物が呼び寄せられる呪いがかけられていたんだ」穴織が、「そうそう。ものすっごい複雑で分かりにくいヤツが。先生の協力がなかったら、俺では気がつけんかったわ」と言うと、先生は「俺だけでは無理だった。たまたま、その場に穴織がいたから見つけられ
「白川、泣いている場合じゃないぞ。生徒会長からだいたいの話は聞いたが、もう一度、現状を確認しよう」そう言った先生は、穂香にこれまでのことを話すように指示する。そして、すべてを聞き終えると、大きくうなずいた。「なるほどな。研究者が人類の滅亡を防ごうとしていることから、地球の未来は科学だけに特化した世界なんだろうな」生徒会長が、「それは、どういう意味ですか?」と質問すると、先生は、急に授業中のような顔になった。「地球では科学が進んでいるが、異世界では魔法や他のものが進んでいる場合があるんだ。科学者の発明が引き金になり、人類の滅亡が始まるなら、地球は少し他のものを取り入れたほうがいいのかもな」穂香は、先生の言っている意味がよく分からなかった。「分からないって顔をしているな? ようするに、人類滅亡を阻止するのではなく、そもそも人類が滅亡するような事態にならないくらいまで未来を大幅に変えるのはどうだろうかって話だ?」「な、なるほど?」うなずく穂香の横で、生徒会長がさらに質問する。「でも、先生。未来を変えて人類滅亡を阻止したとしても、高橋くんが消えるという問題は解決できていないのではないでしょうか?」穴織も、ウンウンとうなずいている。「そうやんな。未来を大幅に変えると、レンレンどころか、今後生まれてくるすべての人達が変わってしまうんじゃないですか、先生?」「そこが問題だな。俺の知り合いにこういうことにくわしい奴がいてな。ちょっと聞いてみるから、放課後まで待ってくれ」穂香が「はい、よろしくお願いします」と頭を下げると、生徒会長が「その詳しい人って誰ですか?」と質問した。「ああ、勇者パーティーにいた賢者だ。かなりの変人だが世界の理(ことわり)を知っている」物語の中にしか出てこないような役職名を聞いた穂香は『なんだか、すごいことになりそう』と思うと風景が変わった。【同日 昼休み/教室】(あれ? 放課後まで飛ばされると思ったら、まだお昼休みだ)今日からレンは、学校に来ていない。昨日言っていた通り、やり直しを食い止めているのだろう。(レンがいないと、一緒に食べる相手すらいないよ……)いつもお弁当を作ってくれている母には「今日は忙しいから、購買でパンでも買ってね」と言われ、お金を貰っている。(購買、混んでないといいけど)穂香が立ち上がると「穴織
【同日 夜/自室】(涼くんと別れて、自分の部屋まで帰ってきてる)なぜか夜の自室にいる自称幼馴染のレンには、もう慣れてしまった。「穂香さん、お帰りなさい」「ただいま……」「なんだか元気がありませんね? 穴織くんと、うまくいってないんですか?」「そうじゃないんだけど。ねぇ、レン。この恋愛ゲームの世界ってハッピーエンドあるよね?」レンは、緑色の瞳を大きく見開く。「もちろんありますよ。ゲームなんですから」「そうだよね? だったら、もし、涼くんに不幸な設定があったとしても、私がなんとかできる可能性ってあるのかな?」「あるでしょうね。恋愛相手が不幸な状態では、向こうも告白なんてしてくれないでしょうし」「だよね⁉ じゃあ、やっぱり私が涼くんの問題を解決できるかもしれないんだ……そうと分かれば」穂香は勢いよく立ち上がった。「明日に備えてもう寝る!」「頑張ってくださいね」レンが立ち上がると、風景が変わった。【10月11日(月) 朝/玄関】(あれ? 日曜日が飛ばされて月曜日になってる!?)『頑張る!』と張り切ったものの、何をしたらいいのか分からず、1日がすぎてしまったようだ。(家にいてもイベントが起こらなかったから、学校に行けば何か起こるかな?)玄関を開けると赤い髪が見えた。こちらに気がついた涼は、ニコッと明るい笑みを浮かべる。「穂香、おはよう!」「おはよう、涼くん」
それからは、配布する用のプリントを印刷したり、文化祭準備の手順を確認したりして、気がつけばお昼どきになっていた。【同日 昼/教室】目の前に浮かんだ文字を見て穂香は、向かいの席に座り作業している涼に「お腹空いたね」と声をかける。「ほんまや、もうこんな時間か!」あわてて立ち上がった涼は、「行こう!」と、穂香に右手を差し出した。「どこへ?」「そりゃあ、もちろん『遊びに』」満面の笑みの涼に手を引っ張られると、風景が変わった。【同日 昼/商店街】(学校から、商店街に飛んでる)そこは、学校付近にある商店街だった。学校帰りの寄り道は禁止されているが、ここはひそかな寄り道スポットとして、生徒の間では有名だ。「穂香、ここで買い食いしよ!」「え? う、うん、いいけど……」「どこか行きたいところ、ある?」「ごめん。私、学校帰りに寄り道したことないから、どこのお店がいいのか分からない」「そうなん!? 実は俺もなくて」「ええっ!? 涼くんはあるでしょう? だって、友達多いよね?」「いや、放課後は、いつも学校の怪異を調べてたから、本当にやったことないねん!」「そうなんだ……。じゃあ、今日は、端からお店を全部見てみる?」穴織の表情がパァと明るくなる。「よっし、行くで! 穂香」「おー!」その後、2人は楽しく初めての食べ歩きを楽しんだ。【同日 夕方/商店街】
どれくらい1人で泣いていただろうか。(なんてひどい設定なの? ……ん? 設定?)穂香は、ふと自分が恋愛ゲームの世界に閉じ込められていたことを思い出す。(ちょっと待って。ゲームなんだから、バッドエンドがあれば、ハッピーエンドもあるはずだよね?)穴織が死んでしまったら、もちろんバッドエンド。ハッピーエンドでは、穴織が生きていないと、とてもじゃないがハッピーなどと言えない。(ということは、このゲームの主人公である私の頑張り次第で、穴織くんの問題が解決するんじゃないかな?)一度、レンに相談しようと立ち上がると、スマホがピロンと鳴った。(涼くんからだ。どうしたんだろう?)画面には『朝からごめん。今日、会える?』と書かれている。穂香は『うん、大丈夫』と返しながら誘ってもらえたことが嬉しくて、ニコニコしている自分に気がついた。(あれ? 私……けっこう涼くんのこと好き、かも?)恋愛ゲームだ、なんだかんだと言っていたので今まで気がつかなかったが、いつの間にか涼に惹かれていたらしい。(ま、まぁ、あんな素敵な人と一緒にいて、好きにならないほうが難しいか)そこで穂香は、ハッと気がついた。(土曜日に外出ということは、私服デートってことだよね!? ど、どうしよう、私、デートに着ていけるような可愛い服なんて持ってないよ)あわててクローゼットを漁っていたら、またスマホがピロンと鳴る。画面を確認すると、涼から『良かった! じゃあ、朝10時に学校の校門待ち合わせで! 文化祭実行委員の仕事をするから制服で来てな』と書いてあった。
穴織の姿が見えなくなると、風景が変わる。【同日 夜/自室】(あれ? 次の日まで飛ぶかと思ったら、まだ夜だ。ということは、何かイベントが起こるかも?)しかし、もう夜も遅いので、涼はもちろんのこと、サポートキャラのレンもいない。(私は何をしたらいいの?)部屋の中を見渡すと、机の上におまじないの紙を見つけた。(これ、前に使ったやつだ。おまじないは、この紙を学校のどこかに埋めたら終わりって涼くんが言ってたっけ)ということは、このおまじないは、まだ終わっていないということ。(もしかして……)穂香は使用済みのおまじないの紙を枕の下にもう一度入れた。ベッドに入り、目をつぶるとすぐに意識がまどろんでいく。*【夢の中】教室に、白い制服を着た涼が立っていた。それは、昨日見た夢とまったく同じ光景だった。(やっぱり! このおまじない、まだ終わってなかったんだ!)長い赤髪が風に揺れている。光る武器を持ち佇む涼は、穂香に気がついていない。『来たのか、娘よ。確か名は穂香じゃったかの?』「はい。えっと、あなたは涼くんのおじいさん、ですよね?」『まぁ、そんなものじゃな。おぬしには、特別に【おじいちゃん♡】と呼ばせてやろう』冗談なのか本気なのか分からないので、とりあえず穂香は「あ、ありがとうございます」と返した。「じゃあ、おじいちゃん。涼くんは、どうしたんですか?」
「穴織くん、いらっしゃい。ど、どうぞ」「……お邪魔します」脱いだ靴を綺麗にそろえるところに、穴織の育ちの良さがうかがえる。 「私の部屋は2階で……」「あの、白川さん。今、部屋の中に、レンレンがいたような気がしてんけど?」「あ、うん。ちょうど遊びに来ていて……」穴織は「白川さんの、その発言が嘘じゃないことに驚くわ」とため息をついた。「と、言うと?」「だって、白川さんは今日、学校を早退したんやで? 俺も今、抜けてきたところやし…。レンレンがここにおるの、おかしくない?」穴織に嘘はつけない。穂香は本当のことを言うしかなかった。「そのことだけどレンは、登校したら私達が校門で話していて怪しかったから、今日は学校を休んだって言っていて……」「ふーん」こちらに向けられた探るような眼差しがつらい。「わ、私の部屋はこっちだよ」部屋に案内すると、部屋の中からレンが良い笑顔で手を振った。「穴織くん、いらっしゃい」「うぉい!? 白川さんの部屋やのに、自分の部屋のごとく、めっちゃくつろいでるやん!?」穴織からのツッコミを、レンは「穂香さんとは、幼馴染ですので」の一言で片づける。穂香も「本当にレンは、ただの幼馴染で……」と伝えると、穴織に「分かっとる、分かっとるけど……幼馴染って、こんな距離感が普通なん?」ともっともな質問をされてしまった。「さ、さぁ?」
穴織は「ところで……」と咳払いをする。「さっきも聞いたけど、白川さんは見えないものが見えるだけじゃなくて、ジジィの声も聞こえてるねんな?」探るような視線を向けられた穂香は、素直に「うん」とうなずいた。「え? マジで?」サァと穴織の顔から血の気が引いていく。「俺、なんか変なこと言ってなかった?」「ううん、言ってないよ。でも、穴織くんって何者なの? 嘘が分かるっていってたよね?その『ジジィ?』さんも……」穴織が「あ、あー……」と言いながら困ったように頭をかいた。「うん、まぁ、全部は話されへんけど、話せるところは話すわ。でも、ちょっと待ってほしい。今は、この学校で起こってることを調べなアカンから……」「分かった。私は帰ったほうがいいかな?」「うん、そのほうが助かる! あとで電話するわ」明るい笑顔で手をふる穴織に、穂香が手を振り返すと風景が変わった。【同日 昼/自室】(あっ、学校から家の自室まで飛ばされてる)レンが「おかえりなさい」と微笑んだ。「穂香さん、今日は早かったですね。学校を早退してきたんですか?」「うん。今、学校でおかしなことが起こっていて。って……レンはどうしてここにいるの!?」「登校したら、校門であなたと穴織くんがバラがどうとか言っているのを聞いて、何かヤバそうだなと思い、即、帰宅しました」「……そこは、私のために『サポートしてやるか』的な流れにはならないんだね」
穴織は、穂香の腕をつかむと、人がめったに来ない非常階段の踊り場まで連れて行った。「何が目的や?」冷たい声だった。「お前……白川さんに成り代わってんのか? それとも、『白川穂香』なんていう生徒は、初めからおらんかったんか?」「え?」穂香が、戸惑いながら穴織を見つめると、サッと視線をそらされた。「ほんま、最悪や。警戒していたはずやのに、いつの間にか心を許して、友達やと思ってた……」胸ポケットからは『むしろ、それ以上の好意が芽生えそうじゃったからな。いや、もう手遅れか? 最悪の初恋じゃのう』とのんきな声がする。無言で胸ポケットを叩いた穴織は、ハッとなった。「もしかして、ジジィの声も、ずっと聞こえてんのか?」穴織は、胸ポケットから光る武器を取り出した。小さくなっていた武器は、取り出したと同時に元の大きさへと戻る。「どこからが計画や」穂香が一歩、後ずさると、穴織は一歩近づく。「どうして、俺に近づいた? 早く言わんと……」壁際まで追い詰められた穂香は、穴織から放たれる殺気のようなものに圧倒されて声すら出せない。(い、言わないと、殺される!)なんとか声を絞り出す。「……ぁ、わ、私……」穂香は、自分が恋愛ゲームの世界に閉じ込められていることを話した。
【同日 朝/生徒会室前】(生徒会室までとばされてる)生徒会室の扉もバラの花で飾られていた。(穴織くんは、中にいるのかな?)穂香が生徒会室の扉をノックしようとすると、背後から口をふさがれ、後ろに引っ張られた。すぐに耳元で「なんで来たん! 白川さん!」と怒った声が聞こえる。「穴織くん? だって」「だってやない!」穂香が素直に「ごめんなさい」と謝ると、穴織は「あっいや、俺もごめん」と言いながら拘束を解いてくれた。「そりゃ気になるよな。ちゃんと説明できんくてごめん」どこか悲しそうな顔をしている穴織に、「ううん、私のほうこそごめん」と再び謝る。「俺な、ちょっとやらなあかんことがあって……。白川さんを巻き込みたくないねん」「……分かった」穂香は、もう一度「ごめんね」と伝えると、その場をあとにした。とたんに風景が変わる。【同日 朝/3階廊下】(学校の3階に飛ばされてる?) 3階には、3年生の先輩方のクラスがある。(どうしてこんなところに?)不思議に思って辺りを見回すと、黒髪の女子生徒がおまじないの紙を握りしめていた。(あの先輩も、おまじないをしたんだ)きっとおまじないに頼りたくなるくらい好きな人がいるのだろう。(女子生徒って久しぶりに見た気が……あれ?)恋愛相手しか見えないこの世界で、女子生徒が見えるという違和感。(見えるということは、あの先輩はモブじゃなくて、重要なキャラってことだよね? でも、恋愛相手ではないということは……)穴織は、おまじないをこの学校に広めた人物を探している。そして、穂香がその犯人候補になっていた。(私は無実だから、じゃあ、この先輩がおまじないを広めた人ってことなのかな?)そうではなかったとしても、重要な人物には変わりない。穂香は先輩に気づかれないように、そっとその場を離れて穴織の元へ向かった。まだ生徒会室前にいた穴織に駆け寄り「怪しい人を見つけたよ! 3年の先輩で」と急いで報告する。この時の穂香は、犯人らしき人を見つけた喜びで頭がいっぱいになっていた。戸惑う穴織の腕を引っ張り、先ほどの先輩がいた教室の近くへと連れていく。黒髪の先輩をこっそりと見せると、穴織の胸ポケットから『わずかだがあの娘から瘴気が溢れておる』と聞こえたので、穂香は嬉しくなった。(これで私が無実だと証明できたかな? お役に立てた
【同日 夜/自室】(学校の教室から、夜の自室までとばされてる。これは、もう早くおまじないをしろってことだよね)穂香の目の前におまじないをするかしないかの選択肢が現れたが、迷うことなく「する」を選んだ。(確か、この紙を枕の下に入れて寝るんだっけ?)枕の下におまじないの紙を入れてから、穂香はベッドに仰向けになった。これで好きな人の夢が見れるらしい。(そんな都合のいいことが……。たぶん、起こるんだろうなぁ、ここは恋愛ゲームの世界だし)目を閉じると、すぐに眠りに落ちていった。*【夢の中/教室】(あっ、無事に夢が見れたみたい)教室には、穂香の他にもう一人いた。(誰だろう?)真っ白な服に、同じく真っ白な帽子をかぶっている(軍服のような、着物のような……)白い軍帽の下では、長い赤髪が風に揺れていた。切れ長の赤い瞳に冷たい横顔。それは、確かに見覚えがあった。「もしかして、穴織くん?」穂香の問いかけに反応して、こちらをふり返った人は、確かに穴織の顔をしている。しかし、その顔からは表情が抜け落ちていた。「えっ? 穴織くん、だよね?」うつろだった赤い瞳の焦点が、徐々に定まり「……白川さん?」と呟いたとたんに、いつもの穴織の顔になる。「どうして、白川さん